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東京家庭裁判所 昭和42年(家)10303号 審判 1968年2月05日

本籍 新潟県三条市 住所 東京都大田区

申立人 村川康子(仮名)

主文

申立人の氏「村川」を「デ・アウト」に変更することを許可する。

理由

一  申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、

1  申立人は昭和三八年頃からポルトガル国籍のデ・アウト・リチャード・エスと事実上の婚姻関係に入り、昭和三九年四月一九日右デ・アウトとの間の子として、村川エリ子を出生し、右デ・アウトは同年同月二八日東京都港区長に対し村川エリ子を認知する旨届出をなし、ついで申立人と右デ・アウトとは昭和四一年三月二五日東京都大田区長に対し正式に婚姻届出を了し、これにより村川エリ子は申立人と右デ・アウトとの間の長女となつたのであるが、申立人は右デ・アウトとの婚姻により氏の変動がないため申立人と右デ・アウトとは夫婦であるのに氏を異にすることになつた。しかもその後申立人と右デ・アウトとの間には同年六月一四日長男デ・アウト・リチャードが出生したのであるが、そのため申立人らの家族は、妻である申立人と長女とが「村川」の氏を称し、夫である右デ・アウトと長男リチャードとが「デ・アウト」の氏を称することになつた。

2  このように夫婦の間と姉弟との間において氏を異にしているため、申立人は、これまで対人関係で疑惑をもたれ、日常生活においても大変不愉快な思いをしてきた。とくに、海外渡航やその他公機関に対する種々の手続をする場合に、「氏」の相違から誤解を招き、その度毎に1記載の事実の説明を求められ、しかも場合によつては婚姻証明書の提出まで求められて、耐えがたい思いをすることも再三であつた。今後子供達が成長し、学校に入学するようになると、子供達もかかる思いをし、申立人もそのため悩み苦しむことが多くなるのではないかと思料される。

よつてこの際申立人の氏「村川」を「デ・アウト」に変更したいので、この許可をえるため、本件申立に及んだというのである。

二  よつて審案するに、申立人提出の戸籍謄本、外国人登録証明書および申立人に対する審問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  申立人は、もと父村川安五郎を筆頭者とし、新潟県○○市大字○○字○○△△△△番地を本籍とする戸籍に在籍したものであるが、昭和三八年一月頃からポルトガル国籍を有するデ・アウト・リチャード・エスと事実上の夫婦として同棲し、昭和三九年四月一九日右デ・アウトとの間の子として村川エリ子を出生し、その旨同月二八日東京都○区長に届出たので、同年五月四日、右本籍と同番地に申立人を筆頭者とし、右村川エリ子を同籍とする新戸籍が編製されたこと。

2  右デ・アウトは、昭和三九年四月二八日東京都○区長に対し右村川エリ子を認知する旨の届出をなし、ついで申立人と右デ・アウトとは昭和四一年三月二五日東京都○○区長に対し正式に婚姻届出を了し、右村川エリ子は準正により申立人と右デ・アウトとの間の長女となつたのであるが、右婚姻および準正により、申立人と右村川エリ子が保有する日本国籍には何ら変動がないので、単に右の婚姻事項が記載され、かつ、村川エリ子の父母との続柄の記載が女から長女へと訂正されるに止まつたこと。

3  その後申立人と右デ・アウトとの間には昭和四一年六月一四日長男デ・アウト・リチャードが出生したのであるが、この長男は申立人と右デ・アウトとの間の婚姻後の出生子であり、ポルトガル国籍を取得しているので、右デ・アウトとともに、ポルトガル国籍を有するものとして外国人登録をしていること。

4  申立人は、右デ・アウトと事実上の夫婦として同棲して以来夫の氏「デ・アウト」を使用し、また正式に婚姻届出をするに当つても、夫の氏「デ・アウト」を称することにしたのであるが、右の如く戸籍上はなお長女村川エリ子とともに村川の氏を称することになつており、デ・アウトの氏を称する夫および長男と氏を異にする結果となり、実生活においては、デ・アウトの氏を称しているのに、海外渡航等で公的機関に対する手続をするのに、氏の相違から誤解を招き、その度毎に一々説明し、場合によつては婚姻証明書を提出することを求められる等、耐えがたい思いをすることも再三で、ために社会生活上著しい支障を来たしていること。

右認定事実によれば、申立人はポルトガル国籍の夫と婚姻しており、かくの如く、外国人の夫と婚姻した日本人の妻がいかなる氏を称するかは、婚姻の効力として法例第一四条により夫の本国法によるべきものと解せられるから、本件申立人が右婚姻によりいかなる氏を称するかは、ポルトガル国の法律により定まるものといわなければならない。

ところで、ポルトガル国婚姻法第四三条によれば「妻は、夫が現に在職し、あるいはかつて在職した職そのものにともなう夫の栄誉はもとより、その他一切の夫の栄誉を享受し、かつ、離婚するに至るまで、もしくは夫の死亡後も再婚するに至るまで、夫の氏を称する権利を保有する」と規定されているから、これによれば、申立人は夫デ・アウトとの婚姻により、当然に夫の氏デ・アウトを称し、または夫の氏デ・アウトを称することを強制されることはないが、しかし夫の氏を称することを欲すれば、称することができる権利を保有するのであり、しかも申立人は前記認定のとおり、婚姻の際夫の氏デ・アウトを称することとしたものである。

ところが、従前の戸籍実務の取扱いは、日本人の妻が外国人の夫と婚姻した場合、国籍の変動はないから、戸籍法による夫婦の戸籍を編製する途もなければ、また婚姻による妻の単身戸籍を編製する途もなく、外国人の夫と婚姻した旨の記載をするに止めるべきであり、しかも、その妻が外国人夫の氏を称する場合であつても、日本人の妻が従前称している民法上の氏はこれにより改まるものでないとしている。

当裁判所は、日本人の妻が外国人の夫と婚姻した場合には、もとより夫婦の戸籍を編製することはできないが、日本人の妻については、新戸籍を編製すべきものであり、そうでないとしてもその妻が外国人の夫の氏を称する場合には、少なくともその氏を称するものとして目本人の妻について新戸籍を編製すべきであると解するものである。もつとも本件の場合は婚姻前に子の出生により申立人について新戸籍が編製されているから、婚姻の届出により、夫の氏を称する意思が表明されているならば、従前の氏を夫の氏に改める記載をすれば足りるものと解せられる。

もし、かかる処理が認められるならば、本件申立の如く戸籍法第一〇七条の氏の変更手続を要しない訳であり、この見解に立つ限り、本件申立は認容されるべきものでないということになるのであるが、当裁判所が本件申立を却下するときは、戸籍実務が前記の如き処理を認めていない以上申立人は外国人の夫の氏を称しておりながら、戸籍上これを記載する途を閉ざされてしまう結果になるので、当裁判所は、現在のところ、これを救済するためには、氏の変更手続によることを認めるのもやむをえないと思料する。そして申立人が社会生活上著しい支障を来たしていることは前記認定のとおりであり、このことは、氏を変更するにやむをえない事由に該当するものと認められるので本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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